7オンスの庭

文化あふるる言の葉の庭

SAHAJi

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有るがまま この身このまま それでいい そのまま延ばせ 空高く芽を

 

 

SAHAJiという富山の兄弟バンドがUKで人気らしい。冒頭の曲は彼らのfuture in the sky。バンド名はサンスクリット語から。

 

サハジとはもしかしたら違うかもだけれども、

サハジャとは、この身このままの意。

love and peace。sukha and shanti。

ヒッピーやシッダたちの夢再び。

音楽で日本から世界へ。

 

バン・ボーラ!──伊藤武のなまけブログ:サハジャ sahaja सहज(【伊藤武のちょこっとサンスクリット語】

 

 

日本密教の祖、空海が活躍していたちょうどそのころ、 インドの深い大地では「サハジャ運動」まっ盛り。 サハジャとは、生まれ(ja)もった(saha)おのれの身体のこと。 “シッダ”とよばれる素敵にイカれた行者たちが、 それまでの身体をケガレとする古典的ヨーガに「ノン」をいい、 「成就(さとり)はからだに埋まっている」と歌って、 身体の秘密を掘り当て、カラダを神仏の集合する曼荼羅や寺院と観じ、 解脱マシーンとして操縦することにより、宇宙の彼方に飛び立とうとしました。 ハタ・ヨーガの始まりです。   

https://yoganomori75.com/news/20220816

 

 

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ほんたうにひとりぼっちでいるために

 

 

ほんたうに ひとりぼっちで いるために わたしは誰かの 隣に座る

 

 

 

誰かの隣に座る。向かい合うのではなくて、隣に座る。同じ景色を眺めて共有する。日が暮れてお別れをして、それぞれの家に帰る。

 

帰り道はひとりぼっち。でも、さっき見た景色が残っている。さっきまで聞いていた声が耳に残っている。それらがお守りとなる。段々と顔も思い出せなくなるけれど、体温のやうなものが心に残っている。それはとても心地よくて、私はひとりぼっちを満喫する。

 

"人が独りでいるのは良くない。"

ー 創世記2章18節

 

その通りだと思う。完全に隔絶された存在として自分を捉えてしまうと、ただ淋しさに生殺しにされるだけ。誰かとのほんの少しの間の別れとして有るからこそ、ひとりの時間は愉悦となる。

 

ひとりでいちゃだめだ。

 

だけども、自分にはもはや誰もいない。

 

 

 

大丈夫。

 

米一粒からでも、人と繋がることができると亡き詩人が教えてくれている。

 

 

 

本日の一曲は

ロクデナシで「ユリイカ」。

本日のビデオは

ナナオサカキの特集動画から。

 

 

ボンヘッファー獄中書簡集

 

ボンヘッファーが獄中で悟ったキリスト教はかなり此岸性が高く、私はとても共感を持っている。

 

火に始まりて、水に徹する

 

 

燃え盛る ほむらのごとく 信を獲り 渾渾と続く 流水のごと

 

 

あるいは火のごとく信ずる人もあり。

あるいは水のごとく信ずる人もあり。

聴聞する時は燃立つばかりおもえども、とおざかりぬれば、すつる心あり。

水のごとくと申すは、いつもたいせず信ずるなり。

此はいかなる時も、つねはたいせず、とわせ給えば、水のごとく信ぜさせ給えるか。とうとしとうとし。

『上野殿御返事』より

 

 

ホーマの儀式で燃え盛る火のような苛烈な信仰は大変美しい。が、そのままでは、やがて冷めきってしまう。火のように始まりて、のちには水のように渾渾と続く関係性を、自らの内に見出すフェーズが必要となる。うまくいかなければ時間を空けて、また着火から始めればいい。

 

アチャラナータ尊は、燃え盛るホーマの浄火そのもの当体なのだが、座するところの磐座からは水が滔々と湧き溢れて流れ出している。その姿は「火に始まりて、のちには水に徹する」という信仰の理想を象徴しているかのよう。

 

神様を見ようと

 

 

神様を 見ようと父と 待ちあわせ 二人で風に 吹かれてすごす


服部真里子『行け広野へと』より
本阿弥書店、2014)

 

 

掲出歌の「父」は、「神様を見ようと」・・・・主人公とぼんやり空を見上げている。こんな時間がいつまでもいつまでも続いていきそうなやさしいうたいぶりだ。

神様を見ようと父と待ちあわせ二人で風に吹かれてすごす – 砂子屋書房 一首鑑賞

 

 

涼やかな皐月の夕方に吹く風が心地よい。この涼風は天国を追慕させる。

 

天国といえば、敬愛する宮沢賢治は「ひかりのすあし」の中で、一冊の本の中に無数の本が入っているような本に出会える図書館を天国のような場所として描写している。下のリンク先のブログの方も綴っておられるように、これはアプリがたくさん入っているスマホ端末が行き渡った現代社会のことではないか。そんなことをひとり考えた。

 

「ひかりの素足」 の天国 | 九段の真希のパッチワークな日々

 

嫌なことがあっても、静かに風を迎えるやさしいひとときを一日の終わりに設けられたら、今日もいい一日だったと思える。親しい誰かと一緒なら尚更。そんな日がいつかきっと来ることを夢想している。

 

杖の歌

 

 

わすれるな 悪意の背後に 必ずや 大きな大きな 善意のあること

 

 

悪意ある言動は、この人生で遭難することが定められている出来事であり、どうしても消化しないといけないもの。どうしようもないのだから、淡々と受け流すのが正解。個々の悪意の背後には、大いなる善意がある。その事実を忘れなければ、悪感情に飲み込まれても、大丈夫、まもなく脱出できる。

 

 

 

しきしまの神

 

 

 

 

 

八雲立つ 小高い丘の その上に 歌詠み鎮まる 愛媛と共に

 

 

 

豪快にして繊細。まさにメロコアのごとき尊格「スサノヲ」。しきしまの神(和歌・短歌の守護神)とも称えられる彼に関連したサイトの覚え書き。

 

ギター製作家の視点: 出口王仁三郎の気になる発言 水鉛 モリブデン

 

調神社(さいたま市浦和区岸町) - 日蓮聖人のご霊跡めぐり

 

スサノオノミコト : 歴史と素適なおつきあい

 

泣きながらさすらったり、大蛇の生贄に差し出された媛君をスーパーヒーローのごとく救い出したかと思えば、曾孫(出雲大社の祭神)にねちねちスパルタ教育を施したりと、キャラが立ちまくっている私の一推し。

 

 

MONSTER TREE

 

 

本日の一曲はSHAKALABBITSでMONSTER TREE。

 

 

お守り飴



 

 

報われぬ 努力ばかりの 毎日に 飴を舐めれば 視界明るく

 

 

中高で友人から無視され、面と向かって悪口を言われるなどのいじめを受け、自己肯定感を失った。学校でも家でも心が休まらず「居場所がない」と感じる中、イチゴ味の棒キャンディーをなめている時は不思議と心が落ち着いた。

「私の居場所」つくるお守りのあめ いじめ経験、札幌の女子高生考案 | 共同通信

 

 

札幌市の高校3年真所柚衣さん(17)が「生きづらさを抱える人の心を少しでも軽くしたい」と、フェルト製のカラフルな小袋にあめ玉を詰めた「お守り飴(あめ)」を考案したというweb記事。確かに飴を舐めると、大人になっても、報われない努力に疲れ果て、罵詈雑言に晒されて荒んだ心が自ずと落ち着くから、真所さんのお守り飴はすごくいいアイデアだと思った。私もいろんなメーカーのいろんな種類のキャンディーに手を出してきた。いまは三ツ矢サイダー飴がお気に入り。

 

アサヒ 三ツ矢サイダーキャンディー 112g

京都念慈菴 枇杷潤喉糖 飴 キンカンレモン味 60g [並行輸入品]

クラシエ薬品 クラシエフーズ メントス D UO グレープ&マスカット 45g×10個

カンロ ノンシュガー スーパーメントールのど飴 80g×6袋入

クラシエ薬品 クラシエフーズ チュッパチャプス ザ・ベスト・オブ・フレーバー 1個×45本

スイスハーブキャンディーオリジナルハーブ70g X3個セット

アサヒグループ食品 バヤリースとろける果実のど飴 120g×6袋

 

これから暑くなる。飴がとろける時節。飴をどう持ち運ぼうかと思案中。