燃え盛る ほむらのごとく 信を獲り 渾渾と続く 流水のごと
あるいは火のごとく信ずる人もあり。
あるいは水のごとく信ずる人もあり。
聴聞する時は燃立つばかりおもえども、とおざかりぬれば、すつる心あり。
水のごとくと申すは、いつもたいせず信ずるなり。
此はいかなる時も、つねはたいせず、とわせ給えば、水のごとく信ぜさせ給えるか。とうとしとうとし。
『上野殿御返事』より
ホーマの儀式で燃え盛る火のような苛烈な信仰は大変美しい。が、そのままでは、やがて冷めきってしまう。火のように始まりて、のちには水のように渾渾と続く関係性を、自らの内に見出すフェーズが必要となる。うまくいかなければ時間を空けて、また着火から始めればいい。
アチャラナータ尊は、燃え盛るホーマの浄火そのもの当体なのだが、座するところの磐座からは水が滔々と湧き溢れて流れ出している。その姿は「火に始まりて、のちには水に徹する」という信仰の理想を象徴しているかのよう。